日本における按摩の歴史

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日本における按摩の歴史

6.「横浜繁昌記」・「熊谷百物語」
7.「福富草紙」嫗が夫の腰を踏む(足力)・「北斎漫画」・「東海道五十三次」歌川広重 8.葛飾北斎「馬喰町大道彙図」・暁斎漫画「盲人群像」

 

2.按摩関連書籍・年表・嬉遊笑覧・按摩の笛

按摩関連書籍、その他年表


書名 著者 和暦 西暦
大宝律令 刑部親王、藤原不比等/撰大宝元年701年
日本書紀 太安万侶/編養老四年720年
栄花物語 赤染衛門(前)出羽の弁(後)万寿五年頃1028年
福富草紙嫗が夫の腰を踏む 室町時代1400年頃
導引体要 林正旦慶安元年1648年
古今養性録 竹中通庵元禄五年1692年
古今導引集 大久保通古宝永四年1707年
和漢三才図会
リンク先「国立国会図書館デジタルアーカイブポータル
寺島良安正徳二年1712年
導引口訣鈔 宮脇仲策正徳三年1713年
喜多院・五百羅漢 志誠(しじょう):発願天明二年~1782~
1825年
導引秘伝指南 一愚子寛政五年1793年
按腹伝 内海辰之進寛政十一年1800年
按摩手引 藤林良伯寛政十二年1801年
正骨要訣 吉原元棟寛政年間不明
正骨範 二宮彦可文化四年1807年
整骨新書
リンク先「早稲田大学学術情報検索システム」
各務文獻文化七年1810年
按腹図解 太田晋斉文政十年1827年
嬉遊笑覧
リンク先「国立国会図書館」
喜多村信節など文政13年1830年

嬉遊笑覧

文政13年(1830)に刊行された「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」という江戸時代の庶民の為のネタ本、風俗百科事典のような書があります。
以下はその巻之六・〔楽曲〕上巻・盲女(御前・腹とり・按摩・足力)の現代語訳です。

(現代語訳)
●按摩

「大宝律令」(※701)の典薬寮条に按摩師二人、按摩博士一人、按摩生十人と記載 されている。
接骨もこの業に入る。

・「栄華物語」(※1028)
(布引の瀧)「泣かせ給いけるを申し上げ給え、大臣。」
(宇治殿)「派手に泣く。痛き所やある。」
(東宮の給ふなり白川天皇なり)「はらとりの女にとらせかし。吾れもそのように する。」
ここにある「はらとり」は按摩である。

・「続五元集」(※天和年間1681~1683? 調べ中)
「あんまとり、貴人頭上もはりまはす、座禪の影を正うつしなり」

・「松の葉」悪所八景(※1703)
「かふろやり、手に太鼓持ち、瞽女や座頭に按摩とり」

●按摩とりが笛を吹く

・「太平樂府」河東夜行
「按摩痃癖、笛を吹き去る。饂飩、蕎麦、火を焚き行く。」
これは明和六年(※1769)の撰である。
当時珍しいことかも知れない。

江戸時代天明七年(※1787)「狂詩諺解」に
「按摩の笛を吹くは近ごろの事なり」 とある。

・「甌北集」兒童敲背詩(※1812中国)
童、良夜を我と楽しむ。
わらびの若芽の如きこぶしにて、背を軽く叩きもむ。
西瓜一個を八片に分かち、祖父は褒美に大いに費やす。

・「雲谷臥餘」(※1661中国)
朱少章名辨という者が建炎年中金の国に使いに行き、二百壮余りの灸をすえた。
その間排律二十韻を作ったが、その中に「煙微初灸手、氣烈漸讃皮」という句がある。
世俗において、初めの三壮を「皮きり」というのはこの句からである。

●足力 「福富雙紙」(※1400年頃)
嫗(おうな)が夫の腰を踏む所がある。


按摩の笛


盲人の按摩・鍼史に関しては、「盲人史 鍼・按摩史 Q&A」(群馬県立盲学校教諭:香取俊光)が詳しく、とても参考になるのですが、按摩笛に関しても参考になります。
以下、按摩笛に関する部分を引用させていただきます。
Q43:按摩師は町々を笛の音がこだまするイメージがありますが、現在あの笛は手に入るのですか。
A:按摩笛は江戸の中期頃から使われたと言います。
  音階が使える少し長い男笛(おぶえ)と短い竹を2つ並べて共鳴させる女笛めぶえ)がありました。
   現在も時代劇や演劇の効果音用に販売されてています。
  筆者は浅草仲店通り中ほど、浅草寺に向かい左手の小山商店で手に入れました。
  ちなみに定価3800円でしたが、平成17年の夏に再度購入しましたら4700円にあがっていました。
  お店の方に男笛か女笛が良いか言われて買割れることをお勧めします。

按摩笛の実物がこちら。
上の引用文から見ると、男笛のようです。
以前台湾の「台湾盲人重建院」から借用した画像ですが、URLが変わった現在の「台湾盲人重建院」には画像は掲載されていません。(残念)

按摩の笛:日本における按摩の歴史2:按摩の歴史・古典:町の按摩さん.com

以前の「台湾盲人重建院」サイトには以下の説明文もありました。

「按摩笛:早期的盲人按摩師藉由笛声,遊走於暗夜街道小巷中,以吸引按摩顧客。」
    ↓
「按摩笛:初期の盲人按摩師は、暗い夜、笛を吹きながら路地を流し、按摩のお客さんを招き寄せていた。」

まったく確認はしていませんが、ひょっとしたら、旧日本政府が台湾に盲人教育として盲人按摩制度を定め、按摩笛もまた台湾に入ったのかも知れません。


※2011-11-23追加
おそらく2007年のお正月だったと思うのですが、浅草に行った時に浅草仲店通りの小山商店で按摩笛の女笛と男笛を購入していました。
その後HP掲載用に写真に撮ってもいたのですが、何故かアップしていませんでした。

HPに載せていなかったのは「うまく撮れなかったから」と記憶しているのですが、古いデジカメ画像を漁っていたら意外と綺麗に撮れた按摩笛の女笛と男笛の写真が・・・。
う~ん、謎。(^^;

ともあれ、折角の按摩笛写真です。
しっかりと掲載しておきます。

按摩笛・男笛・女笛:日本における按摩の歴史2:按摩の歴史・古典:町の按摩さん.com

「盲人史 鍼・按摩史 Q&A」(群馬県立盲学校教諭:香取俊光)」にあるように、上の単管が音階が使える少し長い男笛(おぶえ)、下のふたつの管が並んでいるのが短い竹を2つ並べて共鳴させる女笛めぶえ)。
値段はそれぞれ女笛:5,400円、男笛:4,800円でした。

検索したら自分の2007年の日記が見つかったので掲載しておくことに。

2007-01-03 (水) 20:38:29

ただ今、浅草寺から帰宅したところです。

今回は、念願の按摩笛を買ってきました。
あぁ、憧れの按摩笛。
時代劇や演劇の効果音用らしいのですが、しっかりとした作りです。
けっこう高かったですが、男笛と女笛、ふたつ買ってきました。

男笛は「日本における按摩の歴史2」に掲載、というか拝借してある台湾の按摩笛と同じ。
三つの指穴があって、チャルメラの音と同様な音が出せます。

何故か懐かしい音色がするのが女笛なのです。
指穴無しの振動数が異なる二つの笛が並んでいます。
吹くと、二つの音が共鳴して、物悲しくて懐かしい、素敵な音が流れるのです。
嗚呼……。

……略……

ぼくも小山商店で買ったのですが、お店の人がしきりに

「いやぁ、高いんですよね、この笛。女笛は二本なので、もっと高いんですよ。」

と恐縮していたのが可笑しかったです。
お店の人は、それぞれ「おんなぶえ」「おとこぶえ」と言っていました。
「めぶえ」「おぶえ」かと思っていましたが。

……略……

製造は下記の会社のようです。

上記ページに按摩笛も載ってるいます。
篠笛をはじめ、他の擬音楽器が専門みたいですね。

ちなみに、買った按摩笛のパッケージには「教育用擬音楽器」と書いてました。


※2011-11-30追加

単純に「あんま笛 音」で検索してみたら、あっけなく見つかりました。
按摩笛を実際に吹いている動画。

まずは按摩笛の解説ページ。

・按摩笛
http://kyoushien.kyokyo-u.ac.jp/taka/instpage/021.html

ここは「京都教育大学教育支援ネットワーク」というサイトのページ。
鳴らし方も解説してあります。

<鳴らし方の説明>

息をきらずに、初めは弱く、次に強く、そしてまた弱くと吹きます。
強く吹くと一般に「せめ」と呼ばれる1オクターブ上の音が出、弱めると「フクラ」と呼ばれる1オクターブ下の基音にもどります。

下が実際に按摩笛を吹いている動画。

・按摩笛動画ページ1
http://kyoushien.kyokyo-u.ac.jp/taka/instpage/021_douga1.html


他に、民族楽器店のページにも按摩笛の実演動画が。

・あんま笛 - 民族楽器コイズミ
http://www.koizumigakki.com/?pid=32229030

上記ページにあるYouTube動画が以下。

というか、この「民族楽器コイズミ」さんで売っている按摩笛(女笛)、安っ! (^^;
1,470円ですって。
ぼくが買ったの、5,400円。orz

でも、ひとまず女笛の音はわかりました。(^^)v

あとは男笛です。

 

按摩笛の流れる風景

せっかく実際の按摩笛の音色を聞くことが出来たので。
按摩笛の音色が流れる江戸時代やそれ以降の風景を見てみたいです。

このページの上の方に「嬉遊笑覧」(1830年)からの引用があります。
「太平樂府」(1769年)からの引用文を指して

これは明和六年(※1769)の撰である。
当時珍しいことかも知れない。

と書いています。
江戸時代の中頃で按摩笛が珍しいこととされていますから、江戸では1760年代頃に流しの按摩がはじまったのかも知れませんね。

その「太平樂府」(狂詩集)の引用文がけっこうイケてます。
当時の情景が目に浮かぶようで。

按摩痃癖(けんぺき)、あし笛を吹き去る。饂飩蕎麦、火を焚き行く。

きっと日も落ちた夕暮れ。
按摩さんが笛を吹きながら去っていき、その後をうどんそば屋の担ぎ屋台の火が流れていく……。
そんな情景なのではないでしょうか。

次ぎは江戸時代の俳人、小林一茶(1763-1827)の句。

笛ぴいぴい杖もかちかち冬の月

寒くてシンとした空気。

寒くてシンとした空気といえば、明治生まれ泉鏡花 「歌行燈」の一節。

釜の湯気の白けた処へ、星の凍てそうな按摩の笛。
月天心の冬の町に、あたかもこれ凩(こがらし)を吹込む声す。
門附の兄哥は、ふと痩やせた肩を抱いて、
「ああ、霜に響く。」……と言った声が、物語を読むように、朗らかに冴えて、且つ、鋭く聞えた。
「按摩が通る……女房おかみさん、」
「ええ、笛を吹いてですな。」
「畜生、怪(け)しからず身に染みる、堪らなく寒いものだ。」

最後はちょっと関係ないですが、こちらも明治時代。
日本で最初の人類学者・坪井正五郎の笑話随筆集『自然滑稽 うしのよだれ』から。

按摩の笛

按摩が笛を吹いて歩いて居るのを目撃した西洋人曰く
「日本では盲人が一人で歩く時には他人に突き当たる事を防ぐ為に注意の笛を吹く」