道家:内丹学や道学

内丹学の原理と理論体系 胡孚琛/著

原文:内丹学原理及其理论体系-胡孚琛 puru/訳
中国語ページの日本語訳ですが、許可を得た上での掲載ではありません。
今後何らかの問題が生じた場合は、直ちに掲載を取り下げるつもりですので、その際は何卒ご了承下さい。



内丹学は豊富な哲学思想を含む理論体系ではあるが、丹家千百年来の口訣秘伝による為、世間の人々が知ることは少なく、また学術界においても今に至るまで研究する学者も数少ない。
我々は今後内丹法各派の口訣と具体的な修行段階を順次検討し、丹学理論をあらためて総括的に文章として残さなければならない。

多くの人に内丹学は道教として知られており、はじめは古代神仙家によって創設され、その後神仙家が数千年をかけて道教、仏教、儒教、医学など伝統文化の精華を取り入れ、その総力をあげて自然法則を探求し人体生命科学の智恵として結晶化させた。
内丹学は術として道教に仮寓する文化体系であり、千巻にも上る《丹経》は実質的には内丹家が代々受け継ぐ人体システム工学実験の実施記録だ。
このことから言っても、内丹学は道家と道教文化の宇宙論と人生哲学、人体観、修行経験をひとつにし統合する理論体系であり行為モデルでもある。
またこれは、人体の深遠なる神秘の探求と人体の潜在能力開発のために修煉するひとつのシステム工学でもある。

哲学上において内丹学は唐代の重玄学を受け継ぐが、時代を下って周敦攖が開いた宋明理学に思想的資料を提供した。
宋明以後、知識人の間で《丹経》を研究討論する風潮が起こり、朱熹は《参同契》に注し、王陽明は《悟真篇》を読み、王夫之は《愚鼓詞》丹詞に着手し、林兆恩は三一教を創始したが、これは既に多くの人が知っている事だ。
春秋戦国時代の後、中国哲学には玄学、仏学、理学、内丹学の四つの理論が興り思惟が高まったが、内丹学は実に中国哲学史上における理性的思惟の華だ。
科学史上においては、内丹学は人体生命科学の探索を行い、脳科学、心理生理学、老年養生学上における価値は言うまでもなく明らかだ。
古来より内丹学の中でも特に男女双修派の内丹功夫は、礼教の古い道徳を守る者や道教を批判する輩により邪法と誹られたが、これは内丹各派の発展と伝搬を疎外することはなかった。
今日我々は内丹学に対して現代科学と哲学のレベルから学術研究を進める必要があり、これら毒々しい誹謗を行い権勢に頼る無知な輩を気にとめる必要はない。
内丹道教は中華民族伝統文化の貴重な宝であり、伝統文化の精華を再興することは我々すべての漢民族にとって道義的にも避けることの出来ない責務だ。
学術研究に立ち入り禁止区域はなく、一個の真正な学者であるならば当然科学に大いなる智と勇をもって献身するすべきだ。

  • 重玄『道教と仙学』胡孚琛/著 第二章5.隋・唐・五代の道教の繁栄と国教化より
    • 「重玄」哲学の起こりは、当時の道教哲学が発展・深化したしるしである
      《老子》を「重玄」によってはじめて注釈したのは、魏の隠者孫登である
      それ以後、梁の道士の孟智周・臧矜、陳の道士の諸柔、隋の道士の劉進喜、唐の道士の成玄英・蔡子晃・黄玄頤・李栄・車玄弼・張恵超・黎元興・杜光庭・王玄覧などが重玄の意味合いをはっきりさせた
      そのなかで王玄覧(626~697年)の《玄珠録》、成玄英の《老子》・《荘子》の注釈、李栄の《道徳真経注》、杜光庭(849~933年)の《道徳真経広聖義》は、比較的よく知られている
      唐の玄宗の《御注道徳真経》も「重玄」説を採用している
      このほか、唐代に書かれた《太上老君説常清静妙経》・《太上老君内観経》・《太上老君了心経》・《洞玄霊宝定観経》なども明らかに「重玄」を主旨としている
      《玄門大義》釈太玄部は、「太玄は、重玄を主旨とし、老君が説いたのである」と説明している
      隋・唐の道士は、太玄部道経(主に老荘の道家の書籍である)は「重玄」が主旨であると考えていた
      いわゆる「重玄」の重は「重複」の意味である
      重玄家は《老子》の中の「玄のまた玄」という句を、当時の仏教学の「双遣法」(たとえば鳩摩羅什の伝えた三論宗の「中道法」)と結び付けて解釈し、《荘子》の「無為」・「忘心」の意味を仏教でいう妄執を除くという意味に取り、「玄」を滞りを除くことと解釈した
      このようにして「重玄」哲学は深化していった
      葛洪は老子の「道」を「玄」に拡大解釈したが、玄学家はさらにそれを有を取り払い無に帰すという貴無論・崇有論によって解釈した
      仏教家(大乗の空を主旨とする般若学の中観学派)の鳩摩羅什・僧肇・梁の武帝蕭衍は玄学家の考え方を一歩進めて《老子》を解釈して、有のおいて滞らず、無において滞らず、有と無の両方を取り除くことを述べた
      「重玄」家はさらに一歩進め、仏教家の有でも無でもないということも「滞りのない滞り」であって一つの玄にすぎず、「滞りのない滞り」さえ取り払ってしまわなければ「玄のまた玄」ではないと考えた
      有と無を取り払い(玄学)、有でも無でもないことを取り払い(仏教家)、有無によって滞らず、有でも無でもないことによって滞らず、原因と結果のどちらも取り除き、本体と跡形をすべて忘れ、取り払ってまた取り払い、忘れてさらに忘れる
      こうして、ようやく重玄の境地に入るのである
      「重玄」哲学は本体論・認識論・弁証思惟・修持理論にも適用され、かなり細緻だったので、後世の心性論哲学や内丹学を完成させる理論的な基礎ともなった
      それは、道教哲学を新しい段階まで発展させた
  • 宋明理学:Wiki Pedia 宋明理学より
    • 宋明理学(そうみんりがく)は、中国の宋代・明代の儒学を代表するテーマが理であったことから名付けられた。清代の儒学者たちからは宋学と呼ばれた。

      その起源は中唐の韓愈や柳宗元らに求められるそれまでの経典解釈学的な儒学(漢唐訓詁学)は批判され、人間の道徳性や天と人を貫くことわり(理)を追求することこそ学問であるとされた。このことは文学史上の古文復興運動と連動しており、文章は修辞などによる華麗さを追求するものではなく、道を表現するための道具であるとされた

      宋代にはさまざまな流派が興ったが、やがて程顥・程頤(二程子)を祖とする道学が主流となった。天理人欲、理一分殊、性即理などを述べた

      道学の流れを汲み、他の流派の言説をも取り入れつつ、後世に大きな影響力のある学問体系を構築したのは南宋の朱熹である。朱熹の学派は道学の主流となり、このため程朱学派の名がある。朱熹は存在論として理と気を述べ、理気二元論を主張している。彼らの学問は性即理を主張したので性理学と呼ばれる

      一方、朱熹と同時代の陸九淵や明代中葉の王守仁のグループは心即理を主張したので、心学と呼ばれる。心学は明代中期に隆盛した
      理気論は宋代は理気二元論、明代は気一元論へと変化していった
  • 男女双修派:いわゆる房中術的内丹功夫

多くの人が、荘子道学派が人の生死を昼夜の交替と同様に自然法則の如く見なし、物事の道理に順応することにより無為自然を提唱していることを知っている。
道教哲学は"貴逆不貴順"に則り、丹を煉り、金を作り、仙を学び、世を過ごすべきであると主張し、"我が命は天不在の我に在り"というスローガンを提起した。
内丹学の理論的核心は"帰根返元"を要求するが、それは熱力学第二法則に対する挑戦であり、本来とは逆方向から帰納的法則で宇宙をなぞらえていることを表す。
陳致虚註《参同契》に曰く:"太極の分、先天有り、後天有り。先天は何の謂いぞや? 形而上の者は之道と謂い、有を以て入る無き也。後天は何の謂いぞや? 形而下の者は之を器と謂い、無に従い入る有り也。"
"世人惟後天の道を順行す、故に一に生じ一に死し而も輪転し息まず。聖人は善く先天の道を用いるに逆う、故に能く知に致すは物に格(いたる)にあり心を正し身を修め乃ち長きを存(たも)ち而も泯(ほろ)びず。"
"陰陽は順行し、人を生じ物を生ず;陰陽を用いるに逆らい、必ず金丹を成す、此の原理也。"
《丹経》に"人に順いたり、仙に逆らいたり、只其の間に在りて顚倒し顚れる"という。
これらのことから、内丹学原理はまさに"順に則り人は生じ、逆に則り仙と成る"という。

内丹学は一種の不老不死、絶対的に永久不変の状態を追求するが、物質の推移は熱力学第二法則のもとエントロピー増加傾向にあり、動植物はすべて、生まれ、成長し、成熟し、衰え、老化し、死ぬというプロセスをたどる。
生まれたものはすべて最終的にはみな滅びる運命にあるが、これは自然科学の法則だ。
しかし内丹学家は逆に永久不変の滅しないものを探り出した、これこそが"虚無"だ。
《唱道真言》曰く:"夫れ道の要、一虚を過ぎず、虚は万象を含む。世界は毀れる有り、惟だ虚は毀れず。道経曰く神を形どり妙を倶にし、道に与し真と合す。"
丹家は虚無を"○"と描き、一個の丸い輪を用いて宇宙が未だ創生される以前の状態を表した。
実質的に、虚無とは道だ。
道家、道教的宇宙創生進化のビジョンと人体生成説によれば、宇宙と人体生命の生成はすべて道にその源を発する。
《悟真篇》曰く:"道は自ずと虚無より一気を生じ、便(すなわ)ち一気より陰陽を産す。陰陽は再び三体を合わせ成し、三体は重ねて万物の張(とばり)を生む。"
道は虚無状態の中よりまず元始の先天一炁(又は太乙真気、先天祖気という)を化生して生み、このような先天一炁こそが宇宙万物の運動が生気に満ちあふれ、また人体と生命活動の源泉だとみなされる。
その後先天一炁より陰陽ふたつの性質が化生して生じ、"一陰一陽之を道と謂う"というように、陰陽学説は天道、人道、丹道の宇宙根本法則を貫いており、中華民族伝統の智恵およびすべての学問の出発点なのだ。

  • :後天の気に対して先天の気を「炁」と表記する。

初期状態の宇宙は陰陽二性質により激しく混じり合い揺れ動き、物質、エネルギー、情報の三大要素を生み出し、更にこれら三要素の進展変化により入り乱れた世界に万物が創り出される。
これが老子《道徳経》の中にある"道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず"の宇宙生成変化の図式だ。
仇兆鰲《悟真篇集註》に曰く:"此の道を以て丹法に准す:真気を渾合する物は、虚無也。金水を初めて萌(きざ)す者は、一炁也。嬰児は是れ一、内に真気を含む者は、三体を重ねて生ずる也。調神殻を出、千百の化身は、万物滋(ますます)張る也。"
内丹学の理論によれば、人の生成と宇宙の創生の図式は相互に対応する。
男女が互いに愛し悦び、愛に耽り、男女が交接する際、何かも忘れ、恍惚とし、一種混沌とした状態にある時、宇宙が未だ判然とせず混沌としている時の虚空と情報を相互に感応することが出来る。
宇宙の内の元始先天太乙真気は、父母の陰陽二性質が交合する時に母の腹中に招き寄せられ、胎元を形成し、まさにその中に生命が宿る。
10ヶ月に満ちるまで胎児が成長し、母の腹より離れ出る時、再び未だ判然とせず混沌としている時の宇宙初期の情報と互いに交感し始め、嬰児が生まれ出る時、"ワア"の一声と共に、先天の祖気が閉ざされ、後天の気が生じ、生命はひとり立ちし分別判断をはじめる。

丹家は両親が交感し胎元が形成される時と胎児が母の腹から離れ出る時の二つの節目を特に重視し、これが人体と宇宙初期の情報が相互に感応する機会だと判断している。
丹家は人体自身を一個の小宇宙だと見なし、それと天地の大宇宙は相互に感応しており、人体生成の図式も宇宙進化の図式も理論上にあっては一致する。
陰陽五行学説と天人感応原理は中国哲学の理論的支柱であり、内丹学の法訣も天人相通の理論を根拠に設計されている。
清浄孤修派の丹法も寡陰孤陽では成丹は出来ないと見なしており、丹法の要点を招聘する宇宙の中の先天一炁に置き、ただ人体自身の陰陽と宇宙の陰陽を感応させるだけだ。
清修派丹家は甚だしきに至っては人体全身はすべて陰に属すと言い、体内にあって孔を守り、運気は遂に生死を脱すると断言し、身体内を手探りする必要はないと強調する。
清浄派丹家の虚無的入定功法での頓入も、陰陽双修派丹家の男女合炁的な交感法訣も、実際にはみな一種の幽冥恍惚とした混沌状態である。
丹家はただ混沌状態に入ることと宇宙初期の状態と互いに感応させることを考え、それによって先天一炁を招聘する。

このような先天一炁はビッグバン以前の情報源であり、時間と空間がまだ展開していない初期情報であり、自然界にあって最も根本的な内在律動なのだ。
初期宇宙の中に隠されていた秩序は、普遍的宇宙律動を生む情報源だ。
内丹家は人体律動と宇宙律動とを調和させる技術を通して、人体の精、気、神などの元素を充分に励起させ、量子レベルにおいて自然界の根源と相互作用し、宇宙の中に残留する初期情報を体内に招聘するに到り、これにより後天を先天に返じて天人同一の境界に到達する。
例えていえば、宇宙の中の道は至真、至善、至美や全知全能の上帝(神)と同じであり、上帝は一個のラジオ放送局を持ち、これが宇宙初期状態の情報源と同じで、全宇宙へ向けて発射する初期情報が先天一炁である。
丹家の煉丹鼎器(れんたんていき)はラジオ同様にチューニング技術を利用して受信周波数と上帝の放送局が発射する周波数とを互いに一致させ、それにより上帝の音声を耳にする。
清修派と双修派の丹家は自らの体や相手の体を通して陰陽交感チューニング技術で幽冥恍惚とした混沌状態に到達した後、上帝の放送局の電波を人体ラジオで受信し、自己と上帝を感応させ、宇宙の自然本性と契合し、先天一炁を体内に招聘するに到る。
内丹家は上帝の音声を耳にして、すぐに上帝のような至真、至善、至美で、全智全能なる人生の芸術的境界に入り、人体の潜在能力を開発した仙人となるのだ。

"順に則り人は生き、逆に則り仙と成る"という内丹学原理により、人体の生成進展変化の図式は"三変"を通じて成熟し、精は旺じ、気は足り、神全の絶頂期に到達する。
父母が初めて交わるその中で、恍惚の中一炁が合成され、成長する為の肉体はまだ具えておらず、神炁は未だ判然とせず、生命もまた未だ独立しておらず、この混沌とした状態の中にある胎児を、人道の"第一変"とする。
心より腎が形をなし、神炁が分かれ始め、十ヶ月に到り胎児は整い、嬰児は母の腹中から離れ出でて生まれ、これを人道の"第二変"とする。
以後32ヶ月毎に、元気六十四銖(しゅ)が生じ、一陽により地雷復卦(二歳08ヶ月)が生じ、地澤臨卦(二陽が生じ、五歳04ヶ月)、地天泰卦(三陽が生じ、八歳)、雷天大壮卦(四陽が生じ、十歳08ヶ月)、澤天夬卦(五陽が生じ、十三歳04ヶ月)に至り、十六歳に至って六陽が生じ、乾卦の純陽の体となる。
生まれたての嬰児より少年の十六歳に至るまで、元気三百六十銖を得、その上に父母祖父母・二十四銖を加え、正に一升の数と合い、陽精は成熟して漏らそうし、情欲が芽生え始め、これを人道の"第三変"とする。
男子は六陽の乾卦に応じ、精は満ち気は足り神は全うし、生殖器は思うところもなく勃起し、毎日自然に6回ほど生じることが出来、夜中0時に必ず陽を生じる。
十六歳以後、七情六欲が芽生え、徐々に物心が付き、日を追って狡猾となり、意識して責任を持ち、名利に心を奪われ、情欲は身を損ない、96ヶ月毎に、元気六十四銖を消耗し、一陰を生ずる。
二十四歳の天風妬卦より、天山遯卦(二陰が生じ、三十二歳)、天地否卦(三陰が生じ、四十歳)、風地観卦(四陰が生じ、四十八歳)、山地剥卦(五陰が生じ、五十六歳)を経て、六十四歳に至るまで、三百八十四銖の元気を使い果たし、六陰が生じ、純陰の坤卦となり、死期に至る。
以上は一般的な推移を表したもので、具体的な状況は人により異なる。

  • (しゅ):重さの単位。一銖は、一両の二十四分の一。周代の一銖は、約〇・六七グラム。

  • 参考図
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現代の文明社会では、映画、テレビなどのマスコミは子供を大人にするのが早過ぎ、男の子は十六歳になる前に夢精し気を消耗する者が多く見られる。
更に社会的に欲望の波が横行し、官界、市場、恋愛などで争いが絶えず、以前より聡明で非凡な才能を持つ子供や青年で早死にする者が少なくない。
しかしまた現代の医療条件の進歩と物質生活の繁栄により、年齢が八十歳に達しているにもかかわらず身体が強く逞しい者もしばしば目にする。
道家の養生の術で高齢長寿に恵まれるのに至っては、理論的にも尚更当然のことだ。
内丹学の修煉功夫は一種の人体若返りプロセスで、つまり坤卦を乾卦に戻すことによる若返りの術なのだ。
内丹学原理は宇宙の進化発展と人体生命が逆の方向に遡って進む反進化的な思考だと考えられる。
いわゆる順に則って生きる人や生物は、これは自然界の新陳代謝の一般的法則であり、これとは別に、いわゆる逆に則り修煉して仙人となるのは、これは即ち熱力学第二法則に挑戦状を叩き付けることであり、宇宙の無限の生気を採り入れ、自己の先天的生命力を補填し、自分自身の情報を宇宙の中へと溶け込ませるのだ。
人体の生命の力が最も分かりやすいのは、心臓の鼓動と肺の呼吸であるが、さらに人の脳の思考能力もそうなのだ。
人は呼吸や脈、思考を絶やしさえしなければ、生命として存在している。
だが、もしこれら先天的機能を停止するならば、生命力を使い果たし、死亡してしまう。
丹家は"我が命は我が天に在らずに在り"と言い、丹法により自らの生命力を制御し、呼吸が停止し脈が止まるまで煉り、意識して取り除き、"活死人"となり、それにより生死の極限を突破する。
内丹家は"三関修煉"により人体のエントロピー効果を阻止し、"煉精化炁"の初関仙術を通して、精気を凝煉して炁となし、精化を尽くしてただ炁と神を残すが、これが"三帰二"のプロセスだ。
さらに"煉炁化神"の中関仙術を通して、神を合し凝らして神となすが、これが"二帰一"のプロセスだ。
最後に"煉神還虚"の上関仙術を記すと、神を還し虚無の道となす、これが"一還○"のプロセスだ。
このように人体は老衰した体から逆の方向に沿って保養し修煉して"第三変"の童真の体に到り、更に"第三変"より"第二変"に返り、継いで"第二変"から"第一変"に戻り、不生不滅の虚無の位に到るまで、丹功は煉成される。

  • 内丹功のプロセス『道教と仙学』胡孚琛/著 第4章内丹仙学2.内丹の修練法の原理と効用の文章が分かりやすい。
    • 内丹学家は、宇宙の万物にはすべて生成から死滅への過程があり、虚無だけが唯一永久不変不滅のものであることを知っていた。
      虚の中に物はなく、質も象もないから天地が崩壊しても虚だけは崩壊することがない。
      虚無は道である。
      道から先天の一気が生じ、一気から陰と陽が生じ、陰と陽から天・地・人の三才が生じ、それから宇宙の万物が派生するというのが宇宙の「順」方向の変化である。
      内丹学家は、道に取り組んで真と一つになることを追求し、宇宙の変化は可逆であると考え、それを逆に進めようとした。
      内丹仙学の基本原理は、人間は修練によって後天から先天の永久不変の虚無の状態へと「逆」方向に進むことができるということである。
      それによって道と交わり一体化できるのである。
      内丹家は、宇宙の変化を「逆」方向に進める。
      つまり、順に進むと人を生み物を生むが、逆に進むと仙に成り神に成るというわけである。
      彼らは内丹を修練することによって人体の潜在能力を開発し、エントロピー反応を食い止め、人間の精・気・神を一つに凝結させて高度に秩序だて、胎児と同じ先天の状態に変える。
      内丹学ではこの人体実験の過程を「三関修煉」と言う。
      「百日関」(初関)は人の精と気を凝結させて炁(炁は精と気が合したものの名称である)に変え、精を炁と神に変えてしまう。
      これが「三帰二[三から二に帰る]」の過程である。
      「十月関」(中関)は「二帰一[二から一に帰る]」の過程であり、炁を煉って神に変える。
      「九年関」(上関)は神を虚に戻し、内丹の最高の境地に到達する。
      内丹の修練の過程では、人体も逆の方向をたどって人道の「第3変」から「第2変」に返り、さらに「第2変」から「第1変」に返り、最後に「第1変」から虚無に返り、内丹は完成する。
      《唱道真言》には「道の要は、虚に過ぎないが、虚は万象を含む。世界は壊れることがあるが、虚だけは壊れることがない。道経に言っているように、形神倶妙[肉体も意識も絶妙]であれば、道と交わって真と一つになる。道は虚以外のなにものでもない。形神倶妙であるということは、形神倶虚[肉体も意識も虚]である」と書かれている。
      逆の方向に進めば本に返り元に還るという発想から、「順は人を生み、逆は仙に成る」という原理が生まれた。
      この原理をよりどころにして、宇宙が逆方向に変化する過程を人体内で模倣するのが丹道の要旨である。
      性と命が虚霊である元神に帰りそして宇宙精神に溶け込み、「道」の境地まで昇ってゆく。
      これが内丹仙学の基本思想である。
  • 三関修煉「秘法!超能力仙道入門」高藤聡一郎/著より
    • 煉精化気:精を煉って気に変え、体中をめぐらせる段階である。→小周天
    • 煉気化神:気を煉って陽神という気でできた分身を作る段階である。→大周天
    • 煉神環虚:陽神を鍛えて空間、時間を自由に超えられるようにし、最後には肉体も、陽神と同じ状態まで引き上げていく段階である。→出神
      (以上は北派、伍柳派によるもの)

内丹学は、宇宙や自然の根源は道であり、道は虚無であり、宇宙の中で唯一不生不滅の○であるとみなす。
煉神還虚は、意識せずして煉ることにより神を得、形神ともに忘れ、道法あるを見ずに修し、神仙あるを見ずに証すべきで、完全に虚無に帰し、道と体を同じくする境界に到達する。

内丹学の中のいわゆる"得道成仙"の概念は、言うまでもなく虚無の輪だ。
世間の人は現実社会の中で名誉、利益、色欲、権力を求め、また同様に長生きし神仙になることを追い求めるが、それ自体が内丹学の理論とは反対の方向に向かっている。
内丹功夫は"有為法"を以て"無為法"に入り、"有為"は手段であり、"無為"が目的なのだ。
内丹の修煉は、艱難辛苦の苦しみに基づかない功夫は役に立たないということではなく、そういったことから離れ自然無為の意味を解き明かし、象(かたち)にとらわれて求めることは役に立たないということだ。
自然無為は修煉を行わない、なすがまま、ということではなく、"法執"と"我執"を捨てることが求められる。
一生涯丹訣を抱え、頑なで無知なる者は法に執着する。
また、生をむさぼり死を畏れ、私利に執着する者は我執する。
丹家は長生を求めるが、まず生死を看破する必要がある。
また、丹功を煉ることを望むが、まず法訣を徹底的に解き明かさなければならない。
《唱道真言》曰く、"煉丹は、事を事とす有る非ざる也。事を事とす所無く、方にこれを煉丹と謂う。人能く事を事とす所無く、以て心斎、座忘により至り、丹亦何ぞ必ずしも煉せんや? 丹は必ずしも煉せずにより至り、乃ち善く煉丹に於いてする者也。"
また曰く:"夫れ無常の道は、原(もと)より道とすべく無く、;無常の丹は、原(もと)より丹と為す所無く、;象を執るを欲し而も之を求め、道に背きて遠ざからん!"