本の中の按摩さん:按摩さんのいる風景

本の中の按摩さん:按摩さんのいる風景タイトル:日本における按摩の歴史:町の按摩さん.com
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本の中の按摩さん1:按摩さんのいる風景

2.真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」三遊亭圓朝 鈴木行三校訂編纂
3.「歌行燈」泉鏡花
4.「吾輩は猫である」夏目漱石
5.「「詩集(1)初期詩篇」小熊秀雄
6.「東京に暮らす 1928-1936」キャサリン・サンソム/著 大久保美春/訳
7.「東京人の堕落時代」杉山萠圓(夢野久作)
8.信仰餘賦「小星」葛巻星淵

 

「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」三遊亭圓朝 鈴木行三校訂編纂

真景累ヶ淵は圓朝21歳(1859(安政6)年)の作といわれる怪談噺。
全九十七段中、第六段、第七段から一部抜粋。
はなしは深見新左衛門が借りた金を返せずに、盲の鍼医金貸し皆川宗悦を殺害するのが発端。
抜粋した箇所は、新左衛門が宗悦を殺害後それが念頭から離れない奥方がさしこみ、癪の類となるを、通りがかりの按摩の鍼治で軽減、数日間治療を受けるが五日後の最後の鳩尾への刺鍼にて、刺鍼部がただれ痛み苦しむことに。
当の按摩を探すも見つからず、ようやく探し当てたと思った按摩は別人。
仕方なく新左衛門自身が按摩を受けるが、しばらくしてその按摩が先年自らが殺した宗悦と化し思わず斬りつける新左衛門。
と、我に返ってみれば斬りつけたのは実は奥方であった、というくだり。

江戸時代、杉山和一により世界初の盲人教育機関「杉山流鍼治導引稽古所」が開かれました。
この「杉山流鍼治導引稽古所」により按摩・鍼が盲人の職業として確立しましたが、同時期幕府の盲人保護政策として高利貸しが認められており、金を高利で貸し付け取り立ても厳しかったため、評判のよくない盲人も多かったようです。
噺中、奥方の「さしこみ」「癪」は、宗悦殺害を気に病んでいたとありますから現代でいう神経性胃炎でしょうか。
鳩尾への刺鍼が痛みただれる訳ですが、それを按摩が「お動じでございます、鍼が験(きゝ)ましたのでございますから」と解説(言い訳か?)するのが渋いです。
ちなみに、「動」「動じる」とは、気が巡っていなかったものが巡り出す様をあらわしています。

追々其の年も冬になりまして、十一月十二月となりますと、奥様の御病気が 漸々 ( だん/\ ) 悪くなり、その上寒さになりましてからキヤ/\さしこみが起り、またお熊は、漸々お腹が大きくなって身体が思う様にきゝませんと云って、勝手に寝てばかり居るので、殿様は奥方に薬一服も ( せん ) じて飲ませません。
只勘藏ばかりあてにして、
「これ/\勘藏」
「ヘエ、殿様貴方御酒ばかり召上って居て ( ) うも困りますなア奥様は御不快で余程御様子が悪いし、 ( こと ) には又お熊 ( さん ) はあゝやって懐妊だからごろ/″\して居り、 折々 ( おり/\ ) 奥様は差込むと仰しゃるから、少しは手伝って頂きませんじゃア、手が足りません、 ( わたくし ) は若様のお乳を貰いに ( ) くにも困ります」
「困っても仕方がない、何か、さしこみには近辺の 鍼医 ( はりい ) を呼べ、鍼医を」
と云うと、丁度 戸外 ( おもて ) にピー、と 按摩 ( あんま ) の笛、
「おゝ/\丁度按摩が通るようだ、 素人 ( しろうと ) 療治ではいかんから ( ) れを呼べ/\」
「ヘエ」
と按摩を呼入れて見ると、怪し ( ) なる黒の羽織を着て、
按摩 ( よろ ) しゅう ( わたくし ) が鍼をいたしましょう、鍼はお 癪気 ( しゃくき ) には宜しゅうございます」
というので鍼を致しますと、
奥方「誠に ( ) い心持に治まりがついたから 何卒 ( どうぞ ) 明日 ( あす ) の晩も来て呉れ」
と戸外を通る揉療治ではありますが、 一時凌 ( いっときしの ) ぎに其の ( のち ) 五日ばかり続いて参ります。
すると一番しまいの日に一本打ちました鍼が、 ( ) う云うことかひどく痛いことでございましたが、是は鍼に動ずると云うので、
奥方「あゝ ( いた ) 、アいたタ」
按摩「大層お痛みでございますか」
奥方「はいあ ゝ甚 ( ひど ) く痛い、今迄 ( ) んなに痛いと思った事は無かったが、誠に此の 鳩尾 ( みずおち ) の所に打たれたのが立割られたようで」
按摩「ナニそれはお動じでございます、鍼が ( きゝ ) ましたのでございますから御心配はございません、イエまア又明晩も参りましょうか」
奥方「はい、もう二三日鍼は ( ) めましょう、鍼はひどく痛いから」
按摩 ( ) ( なお ) ります、鍼が折れ込んだ訳でもないので、少しお動じですからナ、左様なら御機嫌よろしゅう」
( わずか ) の療治代を貰って帰りました。すると奥方は鍼を致した鳩尾の所が段々痛み出し、遂には ( ただ ) れて鍼を打った口からジク/\と水が出るようで、 猶更 ( なおさら ) 苦しみが増します。



新左衞門様は立腹して、
「どうも ( ) しからん鍼医だ、鍼を打ってその穴から水が出るなんという事は無い訳で、 堀抜井戸 ( ほりぬきいど ) じゃア有るまいし、 痴呆 ( たわけ ) た話だ、全体 ( ) う云うものかあれ ( ) り来ませんナ」
「奥方がもう来ないで ( ) いと仰しゃいましたから」
( ) が悪いから来ないに違いない、不埓至極な奴だ、今夜でも見たら呼べ」
と云われたから待って居りましたが、それぎり鍼医は参りません。
すると十二月の二十日の ( ) に、ピイー/\、と 戸外 ( おもて ) を通ります。
「アヽあれ/\笛が聞える、あれを呼べ、勘藏呼んで来い」
「ハイ」
と駈出して按摩の手を取って連れて来て見ると、前の按摩とは違い、年をとって ( やせ ) こけた按摩。
( なん ) だこれじゃア有るまい、勘藏違って ( ) るぞ」
按摩「ヘエお療治を致しますか」
「何だ ( てまえ ) ではなかった、違った」
按摩「左様で、それはお 生憎 ( あいにく ) 様でございますが 何卒 ( どうぞ ) お療治を」
「これ/\貴様鍼をいたすか」
按摩 ( わたくし ) 俄盲人 ( にわかめくら ) でございまして鍼は出来ません」
「じゃア 致方 ( いたしかた ) が無い、 按腹 ( あんぷく ) は」
按摩「療治も馴れません事で中々上手に揉みます事は出来ませんが、丈夫な方ならば少しは揉めます」
「何の事だ病人を揉む事はいかぬか、それは何にもならぬナ、でも呼んだものだから、勘藏、これ、 何処 ( どこ ) へ行って居るかナ、じゃア、まア折角呼んだものだからおれの肩を少し揉め」
按摩「ヘエ誠に馴れませんから、何処が悪いと仰しゃって下さい、 経絡 ( けいらく ) が分りませんから、こゝを揉めと仰しゃれば揉みます」
( うしろ ) へ廻って探り療治を致しまするうち、奥方が側に居て、
奥方「アヽ ( いた ) 、アヽ痛」
「そう ( ) うもヒイ/\云っては困りますね、お前我慢が出来ませんか、武士の家に生れた者にも似合わぬ、痛い/\と云って我慢が出来ませんか、ウン/\ ( ) う悶えては ( かえ ) って病に負けるから我慢して居なさい、アヽ痛、これ/\按摩待て、少し待て、アヽ痛い、成程 此奴 ( こいつ ) は何うもひどい下手だナ、 ( てまえ ) は、エヽ骨の上などを揉む奴が有るものか、少しは考えて ( ) れ、 ( ひど ) く痛いワ、アヽ痛い ( たま ) らなく痛かった」
按摩「ヘエお痛みでござりますか、痛いと仰しゃるがまだ/\中々 ( ) んな事ではございませんからナ」
「何を、こんな事でないとは、是より痛くっては堪らん、筋骨に響く程痛かった」
按摩「どうして貴方、まだ手の先で揉むのでございますから、痛いと云ってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差でこの左の肩から乳の処まで ( ) う斬下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」
「エ、ナニ」
と振返って見ると、先年手打にした 盲人 ( もうじん ) 宗悦が、骨と皮 ( ばか ) りに痩せた手を膝にして、恨めしそうに見えぬ眼を ( まだら ) に開いて、斯う乗出した時は、深見新左衞門は酒の ( えい ) ( ) め、ゾッと総毛だって、怖い紛れに側にあった一刀をとって、
( おの ) れ参ったか」
と力に ( まか ) して斬りつけると、
按摩「アッ」
と云うその声に驚きまして、門番の勘藏が駈出して来て見ると、宗悦と思いの ( ほか ) 奥方の肩先深く斬りつけましたから、奥方は七転八倒の苦しみ、
「ア、 ( ) の按摩は」
と見るともう按摩の影はありません。

「宗悦め ( しゅう ) ねくもこれへ化けて参ったなと思って、思わず知らず斬りましたが、奥方だったか」
「あゝ ( たれ ) ( うら ) みましょう、 ( わたくし ) は宗悦に殺されるだろうと思って居りましたが、貴方御酒をお ( ) めなさいませんと遂には家が潰れます」
と一二度虚空をつかんで苦しみましたが、奥方はそのまゝ息は絶えましたから 如何 ( いかん ) とも致し方がございませんが、この事は表向にも出来ません。
( こと ) には 年末 ( くれ ) の事でございますから、これから ( かしら ) の宅へ内々参ってだん/″\歎願をいたしまして、 ( ごく ) 内分 ( ないぶん ) の沙汰にして病死のつもりにいたしました。
昔は ( ) く変死が有っても 屏風 ( びょうぶ ) を立てゝ置いて、お頭が来て屏風の ( そと ) で「遺言を」なんどゝ申しますが、もう当人は ( とっく ) に死んでいるから遺言も何も有りようはずはございません。
この伝で病気にして置くことも 徃々 ( おうおう ) 有りましたから、病死の ( てい ) にいたして ( ようや ) くの事で野辺送りをいたしました。


  底本:「圓朝全集 巻の一」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
    1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の一」春陽堂
    1925(大正15)年9月3日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。同の字点「々」と同様に用いられている二の字点(漢数字の「二」を一筆書きにしたような形の繰り返し記号)は、「々」にかえました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)

入力:小林 繁雄
校正:かとうかおり
ファイル作成:かとうかおり
2000年4月18日公開
青空文庫作成ファイル:
一部抜粋